自分は、まあ、普通の人間だと思う。
多少いじめに遭ったりもしたが、なんとか大学まで卒業し。
ブラックという程ではないけど、ホワイトと言うにはキツめの職場で働き、家に帰れば家事と食事を早々に済ませ、睡魔が訪れるまでゲームに耽る。
よくある話で、不幸だ幸福だと騒ぎ立てるほどでもない。
あの日も、そんな日常のひとつに過ぎない——はずだった。
あの日は、ちょっと大きめの台風が近付いていて、だからといって仕事が休みになるわけでもないから、不満を漏らしつつも出勤する。
別によくある普通のサラリーマンの姿だ。
ただ、初めてその日その時は明確に自分には運が無かったんだなと思った。
駅から出て職場までのほんの数百メートル。
その距離を歩きながら、ふと頭上を見上げた時、落下してくる何かが視界に入ったのだから。
「お⋯ お⋯ろ。
おい、いい加減起きろ!!」
頭の中に直接響くような声に一気に意識が覚醒して目を開く。
視界に入ってくるのは病室、などということはなく、一面真っ白で何も無さそうな空間。
「おう、ようやく気が付いたか。」
少し訂正する。
咄嗟のことで完全に無視していたが、正面には全裸の美少女が(一見なにもない空間に)座っていた。
見た目の歳の頃は14,5だろうか。
まだ多少幼気な体つきでも、全裸で立て膝というのは目のやり場に困る。
「はっはっは、いくら我が美しいとはいえ、あまり凝視するなよ。」
目前の少女が朗らかに笑うと、自らの身体を強調するようにポーズをし始める。
色々見えるから勘弁して欲しい。
確かに美少女だが、自分は一応紳士として、女性の裸体をマジマジ見るのはと思う次第だ。
「ふむぅ、もう少し面白い反応を期待していたのだがな。」
必死に目を逸らしていると、少女は少し不満そうにポーズを取るのを止め、
どこから出したのか白い羽織りのようなものを纏う。
「まあ良い、お前現状はどこまで理解している?」
今度は少し真面目な表情で語りかけてきた。
しかし口元は確かに動いているのに、音が耳からではなく、頭の中に直接響いてくるのは違和感がすごい。
「ええっと、確か会社に行く途中で看板?が落ちてきたような?」
混乱した頭をなんとか動かし、最後の記憶を辿る。
そういえば、流石にあれで生きているとは思えない。
死んでいる、のだろうけど何がどうなっているんだろうか。
「おう、お前はその落下物に直撃して即死。
良かったな、あまりに一瞬のことで痛みを感じる間もなかっただろう。
ちなみにあれは、看板ではなく近くの建物から剥がれた屋根の一部だ。」
目の前の少女は、なんてことは無いと言う風に言ってのける。
成る程、看板ではなく屋根か。
いや、そんな事はどうでも良くて。
そりゃ痛いのは嫌だし、どうにもならない突発事故としては、不幸中の幸いってやつなのかも知れないが。
結果死んでいるなら一緒だろう。
そもそも自分は今どういう状態なんだ?
「ふふふ、混乱しているな。
我はラスティア、お前達人間が言うところの神様的な存在だ。」
ラスティアと名乗った少女?女神?は楽しげに語り始める。
「お前は幸運だぞ?
我が丁度いい遊び相手を探していた時に、偶然目に止まったのだからな。
まあ小難しい理屈はこの際、神様パワーと言うことで流せ、全て説明するとなると非常に面倒だ。」
「な、なるほど。」
確かに、複雑な説明をされてもどうせ分からない。
ならここは眼前の女神様の言う通り、色々な疑問を飲み込んで話を進めよう。
要は最近流行りの異世界転生的なアレだろう。
「では色々流して直球に、遊びとは?」
自分は特に優れた人間、という訳では無い。
この女神様の遊び相手など務まるのだろうか。
「うんうん、話の早い男は嫌いじゃないぞ。
なに、そう難しい事はない。
我が作った世界でゲームをしよう。」
ラスティアが立ち上がり指を鳴らす。
すると何も無い空間から1m四方程度のテーブルが現れた。
彼女が手招きするので自分もそのテーブルに近付く。
テーブルにはとても精巧なジオラマ?立体地図?の様なものが嵌め込まれていた。
全体に水が張られ、その中央部には歪な円形の島がある。
島の上には雲が流れているし、太陽のようなものも浮いている。
とてもリアルだなと思ったところで、一つの考えが頭を過ぎる。
もしやと思い、覗き込んでいた頭を引っこめると、数歩後ずさる。
それを見たラスティアが、面白いものを見たと言いたげに笑う。
「アッハッハ、大丈夫だ。
結界で覆ってあるから不用意に影響を与えることはない。
まあ?手を突っ込んで大波を起こしたり、山を崩したりしたいと言うなら、やらせてやってもいいがな。」
この女神は事も無げに語るが、流石に洒落にならないと首を振る。
”これ”が想像通りのモノなら大変なことになる。
「色々と察したか?
これを我は便宜上【戦禍の箱庭】と呼んでいる。」
ラスティアが手を翳すと、中央の島から離れた場所に黒雲が現れ豪雨を降らせる。
更に別の場所には渦潮が急に現れた。
「こんな風に、お前に分かりやすく言えば、サンドボックス感覚で簡易的な世界を構築出来る装置だ。」
「戦禍…」
ある意味思った通りのものではあるが、もっと悪辣なものでもあった。
しかも名前からして、碌でもない想像しか出来ない。
そんな装置を何のために用意したのやら。
「お前、今碌でもないとか思ったな?
まあその通りだ。
我は人間の戦が好きなのだ。
己の力や知恵を絞り殺し合う様は心が躍る。
勝利し歓喜する姿、敗北し死にゆく有り様はどちらも愉快だ。
実に我を楽しませてくれる。
フフ、フフフフフ」
ラスティアの表情がニンマリとしたものに変わる。
これまでは多少思う部分はあっても美しいと評するに疑いない姿だったが、先の言動を含め今の姿は少し邪悪さを感じる。
もしやこの女神、邪神の類ではなかろうか?
「おっといかんいかん、他の同胞に気色悪いからこの笑顔は止せと言われていたな。」
軽く咳払いをすると邪悪な気配は鳴りを潜めてもとの美少女に戻った。
さっきのはアレだろうか、オタクが推しを愛でるときに出る。
そう考えるとちょっぴり親近感が湧く気がする。
「しかしだ、お前が元々居たような完成度の高い世界を戦争まみれにする訳にもいかんからな。
こいつで作った世界で存分に戦争を楽しむ訳だ。」
先ほどの態度に少し照れでも出たのか、少し早口になっている。
それは兎も角として、つまり私欲の為に小さいながら世界を一つ作るのか。
流石神様、娯楽もスケールがでかい。
「それで自分は具体的には何をするんでしょうか?」
ここまでの話からすると対戦相手とかそんな感じだろうか。
「そうだな、多少話が逸れたがゲームのルールを説明しよう。」
などと考えていと、再び宙に腰掛けたラスティアが説明を始めた。
「まず、お前はこの世界に魔王として転生してもらう。
しかる後に世界征服に挑め。」
さらっと言っているが、滅茶苦茶難しい事を要求されてないか?
「後は単純な話だ。
勝てば褒美をやるし、負ければ死んでそれで終わりだ。
そうだな、より派手な戦をして我を楽しませたなら褒美を弾んでやろう。」
「そんな無茶苦茶な。」
あまりに淡白な説明に正直耳(直接頭に響いてるから頭か?)を疑う。
いきなり世界征服をしろと言われても、自分は平和ボケした一般サラリーマンに過ぎない。
世界征服なんてゲームか映画の中だけのものでフィクションの領域を超えない。
「まあ、いきなりこんなことを言っても困るのは理解できる。
だからある程度テコ入れはしてやろう。
そうだな、やはり魔王を名乗るならばそれなりに頑強な肉体が要るな。
それに戦には兵士が必要だ、いささか突貫になるがそれらしい物を用意しよう。
後はそうだな…」
「あの〜、そろそろいくつか質問していいですかね?」
こちらが何か言う間もなく話が進んでいく。
放って置くと何だかよく分からないうちに異世界に放り込まれそうだ。
今のうちに色々聞いておかねば。
「ん?ああ、いや待て。
聞きたいことが多くあるのは分かるが、ここではあえてネタバレは無しといこう。
ゲームは事前情報無しの初見が一番楽しいモノだろう?」
「えぇ…」
変な所で ゲーマー根性を発揮しないで貰いたい。
「心配するな、案内役兼お前の右腕として補佐する配下を付けてやる。
困った時はそいつに聞け。」
これはもしかしてこの女神、説明が面倒なだけでは?
実際案内役が付くのはとても助かるのだけれども。
「そうだな、差し当たり助言を二つ。
お前に授けてやろう。
まず一つ。
我は謀略も嫌いではないが、やはり正面切っての|大戦<<おおいくさ>>が好みだ。」
なるほど、確かに戦争好きと言っても色々ある。
どうやらこの方は武力衝突がお好みらしい。
「二つ。
”コレ”は我が作った我の世界だ。
倫理?道徳?そんなものは気にするな、我が許す。
勝利のために殺せ、壊せ。
享楽のために奪え、犯せ。
我はそのすべてを許容しよう。
お前は自由だ。」
先ほどの邪悪な笑顔でする助言はどちらかと言うと悪魔の囁きのようだ。
物語の強欲な主人公だったりすれば喜び勇んだりもするのかもしれない…のだが。
「あの、ドン引きです。」
悪徳女神風でなかなか決まっていたが、ちょっとそこまで悪に振り切れないと言うかなんと言うか。
悪虐非道の最低野郎よりやっぱり格好良い方が楽しそうと言うか。
「な、なぜだ!!
お前もそれなりにゲーム好きなのは知っているのだぞ。
RPGで他所様の家に入り込んで家探ししたことは無いのか。
戦略ゲームで非武装の村を焼いた事は、アクションゲームで民間人に襲い掛かったことは無いか。」
「うぐっ」
成る程心当たりはある。
そして合点がいった、どこまで行っても彼女にとってこれはゲームなのだ。
自分がどれだけ悪虐非道を成そうが、この世界の中だけの取るに足りない出来事。
自分はまだ神様的スケールの大きさに慣れていないらしい。
「た、多分言いたいことは分かったと思います。」
要するに自分も元の世界の倫理観に囚われず、ゲーム感覚で好きにしていいと言うことだろう。
そういう事にしておこう。
「分かったと言うなら良いさ。
我の助言をどう解釈するかも結局お前の自由だ。
さあ、話は終わりだ。」
ラスティアが会話の終わりを宣言すると、自分の身体がぼんやりと光り始めていることに気付く。
どうやら転生の時間らしい。
「この場合なんて言うべきなんでしょうね?
対戦よろしくお願いします?」
なんか少し違う気がする。
「ふふふ、我とお前は敵ではないがな。
まあ頑張れ、我も精々楽しませてもらうからな。」
いい感じで別れの挨拶が済み、ラスティアが指を鳴らす。
ああ、いよいよかと思った瞬間足元に真っ黒い穴が開く。
え、なんか光りに包まれて、とかじゃなくてそういう感じ?
「うわあああぁぁぁぁ…」
迫真の悲鳴とともに落下していく。
「ああ、最後に我から選別だ。
お前に新たな名を授けよう、魔王ラークス、また会おう。」
落下する自分の頭に嫌にはっきりと言葉が響いた。
最後に見えたラスティアの満面の笑みがちょっとムカつく。
--- おまけ:ラスティア目線 ---
「プ、クフフ、アッハハハハハハ。」
ラークスが穴に落ちていったのを見届けたラスティアはお腹を抱えて笑っていた。
「ラークスめ驚いたか。
我と付き合うならばこれくらいの悪戯は覚悟しないとなぁ。
あっはっはっはっはっは。
はぁ~あ、よく笑った。
精々我を愉しませろよ、未来の我が眷属候補よ。」
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